かたちある記憶。それがジュエリー

コラム

まもなく迎える38歳。

40代をどんなふうに生きたいか、妄想と想像を繰り返しながら、ひとり遊びしています。

自分の憧れる大人像は、白髪が増えても、背筋が伸びていて、いくつになっても好奇心を忘れない人。
自分を持ち、趣味が多く、この広い世界を旅しながら、何事にも“楽しい”を見出せる人。

大人だけれど、心の奥には少年少女のような気持ちをちゃんと残している人。

年齢を重ねると、「やりたくないことリスト」ばかり増えていって、「好きなことリスト」はむしろ短くなっていく。
だからこそ、好きなものに真っ直ぐでいたいと思うのです。

それがわがままなのか、我がままなのか──その解釈は、他人に委ねようと思っています。

10代、20代の自分は、理想や空想だけで白ごはんが食べられるほど、無鉄砲でした。

ニューヨークに住んで、世界中を飛び回って、バリバリと働いて──そんな“かっこいい大人”を夢見ていた頃。

だけど、実際に手に入れてみると「こんなものか」と思ってしまう瞬間もあります。

理想を現実に変えていく過程で、すこしずつ夢の形が“輪郭のあるもの”になっていく。
目標を掲げながらも、余白を残しておくこと。
それが、大人の“遊び心”なのかもしれません。

そんなことを考えていたら、ふと、自分の20代を思い出しました。
今振り返れば、お金の使い方が本当に下手だったと思うのです。

貯金はゼロ。ランチはワンコイン、ディナーは千円以内。残りはすべて、洋服につぎ込んでいました。
「空腹でも、オシャレはしたい!」という若さ。

手元の限られたお小遣いは、旅に回す余裕もなく、代わりに“出張が多そうな仕事”を選ぶことで、なんとか世界を見ようと知恵を絞っていた。
学生時代にアルバイトしていたジュエリーショップ。

当時、金は今の5分の1の価格だった。
それでも高いと思っていたけれど、先輩が言っていた言葉が今も残っている。

「ジュエリーは財産だよ」

そのひと言に背中を押されて、少しずつ買い集めたジュエリー。

本当に困ったときが、二度、三度ありました。
そのたびに、手元にあったジュエリーを売って、なんとか生き延びた。

少し余裕ができたときには、また少しずつアップグレードして、自分にご褒美をあげた。
あのときの決断と、身につけてきた思い出が、今の自分を助けてくれた。

それはきっと、「感性を磨く」過程そのものだったのかもしれません。

経験に価値を見出す時代。旅や食事、時間の使い方にお金をかける人が増えるなかで、ジュエリーを選ぶ理由があるとしたら──

それは、“形ある記憶”として、人生の節目や決意を記録してくれる存在だからだと思います。

着られなくなる服はあっても、身に着けるたびに気持ちがシャキッとするジュエリーは、むしろ時間とともに味わいを増していく。

若いときは、ジュエリーの輝きが背伸びしているように見えることもあるだろう。

でも、大人になると、ゴールドとダイヤモンドの輝きを「お借りする」楽しみに変わる。

40代の自分がどんな顔をしているかわからないけれど、おそらく

“黄金のような大人”になるであろう──

きっと、それは素敵な未来だと思うのです。

稲木ジョージ
ミラモア創設者&金継ぎ哲学者
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