
ニューヨークは金継ぎ、ニューヨーカーは呼継ぎ。
それはどういう意味かというと、ニューヨークは完璧な街ではなく、むしろ完璧とは程遠い場所です。この街には荒々しさ、威圧感、そして絶え間ない喧騒があり、それなのに魅力が宿っています。よく考えてみると、不完全さの中に美を見出す日本の哲学である「侘び寂び」は、実はニューヨークそのものなのかもしれません。ニューヨークは目が眩むほど生々しく、リアルで、直球で、堂々としたアティチュードをぎゅっと圧縮した街です。世界で最も有名で憧れの街の一つですが、誰もがコンクリートジャングルに「合う」わけではないということを知っておいてください。

では、ニューヨークを美しくしているのは何でしょうか。それは紛れもなくニューヨーカー自身です。彼らは呼継ぎのように、一人ひとりがユニークな魂を持ち、世界中から集まり、不完全な世界に自らの過去、経験、知識、文化、夢、そして大きな野望を携えて、この街に新たな意味と価値をもたらします。
ニューヨーカーの存在は並外れたバイブスとエネルギーを生み出し、欠陥だらけのニューヨークに輝きを与え、刺激的で唯一無二の美しさを形成します。こうしたクリエイティブで才能に溢れた人々が、この街の力強さを形作り、ニューヨークをエキサイティングで魅力的かつセクシーな都市にしているのです。この街のエネルギーは、僕のデザインや哲学のインスピレーションの源であり、「Designed in NewYork」の証です。強烈で迫力があり、それがニューヨーク。この街のアドレナリンこそがニューヨーカーが求めるものです。

ニューヨークの魅力はたくさんありますが、特に気に入っているのは、大都市でありながらもコンパクトで小さな村のように感じられることです。朝起きて近所を歩き、地元のコーヒーショップで見慣れた顔にばったり会い、割高すぎるコーヒーを飲むのが習慣になっています。テーマパークで高すぎるソーダを買うのと同じ感覚で、値段は高いけれど、なんだかんだでついつい買ってしまい、ニューヨークの入場料だと思えば少しは納得できるのかもしれません。
タフで直球、それがニューヨーカー。必要以上に親切ではないし、歩道をゆっくり歩く人を避ける術も心得ています。それでも、自分に忠実でありながら、ニューヨーカーらしい優しさと、この街を「マイ・ホーム」と呼ぶ誇りを持っています。ここでの生活は決して楽ではなく、「完璧な」人生を送っている人にはまだ会ったことがありません。皆、何かしらの葛藤を抱えていますが、その共通の闘いが僕たちを結びつけ、より美しく、強くしています。時には挫折することもありますが、それも長い旅路の一部でしょう。
2014年にニューヨークへ移住した時、この蜃気楼のような街で自分の居場所をどう見つければいいのか、全く分かりませんでした。多くの人と同じように、大きな夢と希望を胸にやってきたものの、明確なロードマップなどはありませんでした。それでもフランク・シナトラの「ニューヨーク、ニューヨーク」を聴きながら、自作映画の主人公になったような気分でタイムズスクエアからソーホーまで歩いたこと、この街のエネルギーに完全に魅了された瞬間を今でも鮮明に覚えています。「ここで成功すれば、どこにでも行ける!」と自分に言い聞かせながら、「俺を出迎えてくれ、ニューヨーク!」と叫んでも誰も興味を示さない。それがニューヨークらしいところで、皆が自分のことに集中する街なのです。その瞬間、この街と一緒に生きる決意をしたのです。

ニューヨーカーを観察すると、まるで競歩しているかのような速さで歩きながら、同時にメールを打ったり、時には電話で怒鳴ったりしている姿がどこか懐かしく、クールに映ります。威圧的なカリスマを持つ祖母と育った僕は、彼女の激しさを見て慣れていたのか、このカオスな街にも平気だったのかもしれません。祖母は自分の意見を恐れずに表現し、同時に愛情深い人でもありました。甘い優しさには不慣れな自分ですが、ぶっきらぼうな態度の中に垣間見える「優しさ」にホッとします。ニューヨークに来て一番苦労したのは、自分の名前を築くことでした。『bringsomething to the table』という表現がよく使われますが、これは何か貢献できるものを持っていることを意味します。日本でキャリアを積んでいたにもかかわらず、この繁忙なニューヨークでは自分に提供できるものが何もないと感じてしまい、それが大きなコンプレックスとなり、自信を失っていた時期もありました。友達を作るのは、学校や職場などの環境が整っていれば簡単かもしれませんが、そうした経験がなかったため、友人や人脈を作ることは容易ではありませんでした。しかし、時間が経つにつれて素晴らしい人たちに出会い、彼らは友人、選んだ家族となり、インスピレーションの源となってくれました。何も提供できないと思っていた自分を、彼らはありのまま受け入れ、理解してくれたのです。その「サムシング」が相手のための「損得勘定」ではなく、自分のエネルギー自体が十分に「サムシング」であることに気づいたのです。最終的に、自分のエネルギーを堂々と表現することこそが、成功への最善の道だと考えさせられました。
フィリピンで生まれ、日本で育った自分は、典型的な日本人の見た目や性格をしておらず、男性的でも女性的でもない中性的な特徴を持っています。そのため、コミュニティに溶け込むことが難しいと感じることが多々ありました。この大都市では、たとえ肩が触れるほどの近さに人がいても、孤独を感じることが珍しくありません。
幸運にも、タイミング良く日本から親友がニューヨークへ移住してきてくれたことと、ソウルメイトの存在が心の支えとなりました。それでも、依存できない性格の自分は、自分の道を切り開き、キャリアを築きたいと強く思っていました。金継ぎの哲学者としての情熱を見つけるまで、試行錯誤を繰り返し、さまざまなことに挑戦してきました。
ジュエリーを身につけることで、18金と天然ダイヤモンドによって『継がれる』という考えがとても好きです。これまでの葛藤や不完全さが反骨精神とともに、このデザイン哲学を形作りました。皆、形は異なるものの『壊れている』ものだからこそ、どうせなら見た目もカッコよく、セクシーで、シックでいる方が楽しいですよね?ニューヨーク、特に友人のファリスは、『人と違う』ことは恥ずかしいことではないと教えてくれました。美しさは十人十色であり、居場所をどう見つけるかではなく、自分自身でその居場所を作り出すものだと気づかせてくれました。型がはまらないのであれば、型を作ればいい。型にはまらないのであれば、型を作ればいい。型が小さくなれば、大きくすればいいのです。ヤドカリが自分の殻を選び、時には新しいものに乗り換えて成長するように。
金継ぎが壊れた陶器を漆と金で修復するように、ニューヨーカーは自身の多様な経験を街の熱気と融合させ、より素晴らしいエネルギーを生み出していきます。ニューヨークの魔法は、完璧さにあるのではなく、不完全さから立ち上がり、再生する力にこそ宿っているのです。壊れたものが新たな命を吹き込まれるように、この街もまた、かつての姿を超えて美しく成長し続けます。完璧な外見や表面的なものにとらわれがちなこの世界で、僕たちには本当の美しさがひび割れや欠陥の中にこそあることに気づいてほしいのです。僕たちは皆、「壊れているのではなく、継がれている」のです。
稲木ジョージ
ミラモア創設者&金継ぎ哲学者